大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和29年(ネ)1861号 判決

控訴人 柚木忠七 外一名

被控訴人 志田忠太郎

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決中控訴人等敗訴の部分を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において、原判決の控訴人等主張事実中(原判決四枚目表九行目)に昭和二十三年十二月二十日とあるは昭和二十二年十二月二十日の誤につき訂正する。而して(一)、民法第五百四十五条第一項但書に第三者の権利を害することをえずとあるも、この規定は第三者が契約当事者に対抗しうる場合にのみ適用すべきである。本件土地を目的とする控訴人等間の売買契約は昭和二十二年十二月二十日解除されたのであるから右土地はこれにより当然控訴人柚木忠七に復帰したものである。しかるに被控訴人は右土地についてはその取得登記を経ていないのであるから控訴人柚木忠七に対しその所有権取得を主張するをえない。従て右規定の適用はない。また、(二)、仮に被控訴人が控訴人佐野金太郎から本件土地を代金一万一千円で買受けたとしても、右代金額は右土地の内六分の五を占める農地について統制額を超える高額なものであつて、たとえこの点だけで右売買契約全部の無効を来さないとしても、契約当事者はなおこれを知りながら右代金額を定めたものであるから右契約は民法第九十条により無効である。なお控訴人等間の本件土地の売買契約が臨時農地価格統制令に違背し無効であること、及び控訴人佐野金太郎と被控訴人間の右土地の売買契約が農地調整法第六条の二の規定に違背し無効であることはいずれも主張しない。また被控訴人の後記主張事実はこれを否認すると述べ、被控訴代理人において、控訴人等の右の主張事実中本件土地の売買代金額が統制価格を超える金額であることはこれを認めるが、その余の事実は否認する。而して昭和二十二年十二月二十日控訴人等のなした本件土地売買契約の合意解除は被控訴人の権利を害する意図のもとに控訴人等が相通じてなした虚偽の意思表示である。仮に虚偽の意思表示でないとしても、被控訴人が既に取得した権利を害する意図のもとになされたものであつて信義則に反し権利監用に外ならない。従て右合意解除は無効である。仮に右合意解除が有効であるとしてもなお解除契約であるから、控訴人等はその効果を被控訴人に対し主張することは信義則に照らすも許さるべきではないと述べた外は、原判決の事実に記載してあるとおりであるからここにこれを引用する。

〈立証省略〉

理由

本件土地がもと控訴人柚木忠七の所有に属していたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第二、第三号証、同第六号証の一、二、原審(第一、第二回)並に前審及び当審証人福井政勝、原審証人望月茂、同魚住松巖、原審並に前審及び当審における被控訴人本人の各供述、右証人福井政勝(当審)の供述により成立を認めうる甲第四号証を綜合すれば、控訴人柚木忠七は昭和二十年十月九日控訴人佐野金太郎に対し上記土地を代金一万一千円で売渡し、同控訴人から右代金を受領すると共に同控訴人に右土地を引渡し、同時に土地売渡証(甲第二号証)委任状(甲第三号証)をも交付したこと、次で控訴人佐野金太郎は昭和二十一年四月十日被控訴人に対し右土地を代金一万一千円で売渡し、福井政勝をして被控訴人から右代金を受領せしめた上被控訴人に対し右土地の引渡を了したこと、しかるに同控訴人は当時右土地の譲渡につき所轄官庁の認可を要するものと信じていたため、被控訴人に対し右認可をえ次第右土地につき所有権移転登記申請手続をなすことを約したが、その登記を経るに先ち被控訴人の要求に応じて前示書類(甲第二、第三号証)を交付したこと、よつて被控訴人は爾来右土地を占有使用して来たことを認めることができる。右認定に反する原審並に前審及び当審における証人望月佐一、控訴人佐野金太郎の各供述、甲第五号証の二の記載は前顕証拠と対比し採用し難く、また甲第四号証の畑代仮領収の記載は、右証人(当審)福井政勝の供述によれば、福井政勝がその作成の際印紙を欠く不備のあることを考慮したことによるものであることが窺はれるから右書証を以ては右認定を左右するをえないし、他に右認定を覆すに足る証拠はない、尤も控訴人等は控訴人等間の右土地の売買契約は所轄官庁の認可を受けること、及び控訴人佐野金太郎から換地を提供することを前提要件(若くは停止条件)として成立したものである旨を主張し、原審並に前審及び当審における証人望月佐一、控訴人佐野金太郎、原審における控訴人柚木忠七はいずれもこれに符合する趣旨の供述をするけれども、この各供述は原審並に前審及び当審における証人福井政勝(原審第一、第二回)、被控訴人本人の各供述と対比し措信し難く、他にこの事実を認めしめるに足る措信しうる証拠はないから控訴人等の右主張は採用するをえない。しかるに控訴人等は控訴人等間の右土地の売買契約は昭和二十二年十二月二十日合意の上解除されたからこれにより右土地の所有権は控訴人柚木忠七に復帰した旨を主張するを以て案ずるに、控訴人等が昭和二十三年十月七日静岡地方裁判所において同人等間の右土地の売買契約は昭和二十二年十二月二十日合意の上解除となつたものと認めたので、その趣旨の認諾調書が作成せられたことは成立に争のない甲第十二号証の八によりこれを認めることができる。従て、控訴人等間の右土地の売買契約は遅くとも昭和二十三年十月七日合意の上解除せられたものと認めるのが相当である。しかしながら合意による契約の解除はこれにより第三者の権利を害することをえないことは民法第五百四十五条第一項但書の法意によるも明であるから、控訴人等間の右土地の売買契約が解除せられるに先ち売買により右土地を取得した被控訴人の権利は右契約解除により何等の影響を受けることはないものというべく控訴人等の右主張は理由がない。しかるに控訴人等はたとえ右契約解除により被控訴人の権利に影響はないとしても被控訴人において右土地につきその取得登記を経ていない以上控訴人柚木忠七に対しその所有権を主張するをえない旨を主張するけれども、被控訴人において控訴人佐野金太郎から右土地を買受けながらその取得登記を経ることができなかつたのは控訴人柚木忠七においてこれより先右土地を控訴人佐野金太郎に売渡しながら同控訴人のためその移転登記を経なかつたことによるものであることは上記認定の事実に徴するも明であるところ、このような場合には控訴人柚木忠七は被控訴人に対し右土地につき登記の欠缺を主張するにつき正当の利益を有しないものと認むべきであるから被控訴人は右土地につきその取得登記を経ていなくてもなお控訴人柚木忠七に対しその所有権を主張することができるものと解するのが相当である。控訴人の右主張もまた理由がない。次に控訴人等は控訴人佐野金太郎は被控訴人に対し右土地を統制価格を超える代金額を以て売渡したから右売買契約は民法第九十条により無効である旨を主張し、右代金額が統制価格を超えるものであることは当事者間に争がない、しかしながら価格統制の規定に違反してなされた売買契約もその売買契約を全面的に無効とすべきではなく、価格の超過部分だけを無効とすべきものと解するのが相当であるから右売買を以て直に民法第九十条に当るものと認めることはできないし、他に本件においては控訴人佐野金太郎と被控訴人間の右土地の売買契約につき民法第九十条の行為に当るものと認められる事情の存することを認めるに足る何等の資料もないから控訴人等の右主張も採用するをえない。

しからば控訴人佐野金太郎に代位し本件土地につき控訴人柚木忠七に対し控訴人佐野金太郎名義に昭和二十年十月九日附売買による所有権移転登記手続を、(被控訴人のこの権利もまた上記売買契約解除により害せられることはないものというべきである、)また控訴人佐野金太郎に対し右土地につき被控訴人名義に昭和二十一年四月十日附売買による所有権移転登記手続をそれぞれ求める被控訴人の本訴請求は正当であるから被控訴人の本訴請求を右の限度において認容した原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十三条第九十五条を適用し主文のとおり判決をする。

(裁判官 牛山要 岡崎隆 渡辺一雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例